単一民族国家の日本。現代では段々とそれぞれの個性と自由が受け入れられるようになって来ました。
その中で医学が進んでいるといっても、自閉症の人や家族にとってはまだまだ理解が得られず深く傷ついてしまうことも少なくないと思います。社会は沢山の個性の集合によって発展していくもの。「自閉症」という特殊な個性は周囲の理解によって驚くような才能を発揮することもあるのです。
自閉症とは?
はじめに知っていなければいけないことは、自閉症などの発達障害は心の病気ではないということです。自閉症はよく心の病気と思われやすいのですが、基本的にこれらは病気のように後から発症するものではなく、先天的に持っている特徴です。

参照元URL http://yumaanchi.exblog.jp/
一言で「自閉症」と言っても、その傾向の現れは人間の性格と同じように実に様々ですが、医学的には3歳までに3つの傾向が現れたときに自閉症と診断されます。
1、目を合わせようとしない、友達と遊べない等の社会性に関する発達障害
自分が辛かったり困っていたりしても楽しいような表情をするというような正反対の行動を取ってしまったりするのです。それでも見かけには障害のようには見受けられないため、協調性のない自閉症児の親は周りから「しつけがなってないから」と非難されてしまうこともあり、一生懸命な親ほど傷付いてしまうのです。
2、コミュニケーションの障害
何か話しかけられても返事が出来なかったり、人の表情を見て悲しんでいるのか喜んでいるのか判断できないので、相手の状態に合った行動を取れなくて反感をかってしまったりするのです。
3、こだわりが強い
実際には必要のない行動を何度も繰り返したりするこだわり行動が目立ちます。同じ道を通らなければならない、同じ物を触らなければいけない、食べ物の好き嫌いが極端に激しいなど、自分の中だけで独特な規則が出来ているのです。いざ、その規則を崩してしまうとパニックに陥ってしまうこともあります。
ただ、それらの極端なこだわりはある特殊な才能の可能性としての裏返しでもあるということも十分心に留めておきたいことです。
原因と対策?
自閉症は心の病気とは違うので、これをすればかからない、こうすれば治るというものではありません。また、原因も諸説出ているものの、まだ解明の途上にある状態です。
子供ならば家族や周囲の人が自閉症を受け入れて良く理解し、その子に合った環境を与えることで、その子と家族の将来がずっと楽しくなることは確かです。
まず子の症状に気付くのは家族だと思いますが、自分達だけで悩まずに、専門家に相談することが大切です。はじめはなかなかその事実を受け入れることが難しいかも知れませんが、無理に標準的なものにこだわって間違えた接し方をすることは、その子の天才的な才能までも潰してしまう事になりかねないのです。
最近では保健所や学校でもこういった子供の相談を受ける専門家が多く存在するので、何かおかしいと思うことがあれば気軽に相談することが悩みを解決する早道です。

参照元URL http://www.tm-meisou.org/
自閉症の有名人
今までに、自閉症を含めた発達障害の傾向が見られる、または公表している有名人は数多く存在します。
スティーブン・スピルバーグ、スーザン・ボイル、ゴッホ、エジソン。野球の長島名誉監督やメジャーリーグのイチロー選手もその傾向を持っているという説もあります。
その顔ぶれを見れば自閉症の人がこの世の中に大変重要な夢と希望を与えてくれる大変貴重な存在だということが分かるはずです。


参照元URL http://92363747.at.webry.info/
世界自閉症啓発デーについて
皆さんは、4月2日が「世界自閉症啓発デー」という日をご存知でしょうか?
この日には、カタール国王妃の提案から始まり国連で制定された、自閉症をはじめとする発達障害への関心と理解を広めるため様々なイベントが行われます。
この日のために街ににライトアップが施されたり、自閉症の人達の作った芸術作品を展示したり、自閉症についての研究の進捗であったりと、色々な角度から自閉症の人々の心の中を垣間見られるように紹介されています。
4月2日に少しこのことを心に留めて街を歩いていれば、必ずどこかで何か知らのイベントを見つけることが出来るでしょう。
国際連合ではこの他、6月20日「世界難民の日」、10月2日「国際非暴力デー」、11月20日「世界のこどもの日」など数々の国際デーが定められています。
(世界自閉症啓発デーのライトアップ動画)
参照元URL https://www.youtube.com/watch?v=8UobAsnaHWo
最後に
私達は、違う形、違う色、違う感触、違う考え、皆それぞれ違うことから成り立っている筈なのに、いつの間にか似たような物を得ることで安心し、その枠の中でだけ少し秀でているかどうかということに一喜一憂しすぎるような競争社会に慣れてしまっているのではないでしょうか。
この不思議な独自の世界を持っている人々を知ることは、きっと純粋な自分自身を見つける良い機会になるかもしれません。